しかえしをしたクンタニ鳥(ジャータカ 第343話)
遠い昔、お釈迦様が菩薩であったときのおはなしです。
菩薩は王様として、バーラナシーの都で国を治めていました。王様は正しく法にのっとって、公正に政治をしていましたので、国は豊かで平和で、人々は安心して生活していました。
さて、王様の宮殿にはクンタニ鳥という鳥がおりました。クンタニ鳥は特別な鳥でした。王様の手紙を運ぶという大事な仕事をする鳥だったのです。王様がよその国の王様に大切な手紙を届けるときに、この鳥が運ぶのです。けらいたちに頼んで馬で運ぶよりも、クンタニ鳥が飛んでいく方が、ずっと速く、しかも安全に届けることができました。クンタニ鳥は、そんな大事な役割を果たせるほど、賢くて、体力もあり、強い鳥でした。王様もクンタニ鳥を信頼して仕事を任せました。
王様はクンタニ鳥をとても大切にして、宮殿の中にいごこちのよい巣をかまえる場所と最高の食事を用意するようにと、気を配っていました。
クンタニ鳥も王様のことを信頼して、王様の仕事をいっしょうけんめいにつとめていました。
このクンタニ鳥に二羽のひなが生まれました。クンタニ鳥は、それはそれはかわいがって、小さなひなたちを羽の下で育てていました。
そんなある日、王様が急に、ある国の王様へあてて手紙を送らねばならない用事ができました。クンタニ鳥に仕事ができたのです。クンタニ鳥は、まだ毛も生えそろっていない、か弱い小さなひなたちのことが、とても気がかりでした。でも、王様の大事な仕事ですから行かないわけにはいきません。手紙を足に結んでもらうと、宮殿の王様の部屋のベランダから、さっと空に舞い上がりました。そして、できるだけ早く帰ってこようと、風を切って、まっしぐらに、とても速く飛んで行きました。
このクンタニ鳥が留守のときに、悲しいできごとが起きてしまいました。
たまたま、王様の子どもたちのうちの二人の王子がクンタニ鳥の巣のあるところへやってきました。二人はそこで、小さな二羽のひなを見つけました。王子たちはめずらしい鳥のひなをおもしろがってさわっていましたが、そのうち、か弱い小さなひなたちの首をねじって、殺してしまったのです。
仕事を無事に終えて、大急ぎで帰って来たクンタニ鳥は、ひなたちのところへ飛んできました。しかし、自分を待っているはずの小さなひな鳥たちが見つかりません。クンタニ鳥は気が狂ったようになって、こどもたちを探し回りました。
ようやく、クンタニ鳥が見つけたのは、動かなくなってしまった小さなひなたちの亡骸でした。
クンタニ鳥はあまりに驚き、心臓が止まってしまいそうでした。クンタニ鳥は世界が終わってしまったように、なげき悲しみました。
それから、なぜひなが死んでしまったのかをたずねてまわりました。そして、ふたりの王子が殺したことを知りました。クンタニ鳥はからだじゅうの毛をさかだてました。激しい怒りが沸き起こったのです。
怒り憎しみと悲しみがクンタニ鳥をおそいました。体の中でぐるぐると渦巻きのようにおそろしい感情が回っています。
「かわいいこどもたちを殺したあいつらを、このままですますものか。」と、クンタニ鳥は心の中で固く決めました。
それからしばらくたったある日のことでした。
王様の宮殿にはいろいろな動物たちが飼われていましたが、その中にトラもいました。とてもどうもうなトラで、危険ですから、厳重に柵を作って近づけないようにしてありました。
その日、あの、ひなを殺したふたりの王子は、宮殿のあちこちで遊んでから、トラを見に行きました。ふたりがトラの柵の方へ歩いて行くのをクンタニ鳥が見ていました。
トラを見物している王子たちを見て、クンタニ鳥にはふつふつと怒りがこみあげてきます。
「こいつらは私のかわいいこどもたちを殺しておきながら、こうしてのんきに生きているなんて、許せない!」
その思いを抑えることはできません。
「こいつらを同じ目にあわせてやろう。」
クンタニ鳥はそう思いました。
クンタニ鳥は飛んで行って、王子たちを、その力強い足でつかまえると、柵の中のトラの前に、ぽいとほうり投げました。トラはがりがりと王子たちを食べてしまいました。
トラにふたりの王子を殺させて、クンタニ鳥は「私は復讐を果たした。」と思いました。
そして、こう考えました。
「私はもう、ここに住んでいることはできない。ここを出ていかなくてはいけない。ヒマラヤの方へ飛んで行くことにしよう。」
クンタニ鳥は宮殿を去ろうとしました。しかし、飛び立とうとして、ちょっと立ち止まりました。
「王様にだまって行ってしまうのはどうだろうか。王様にはこれまで、とても世話になって来たし、ずいぶんよくしてもらった。王子たちがやったことについて、王様を責めたい気持ちもあるが、私は王子たちを殺したし、王様はどう思っているのだろう。
あの王様には、私はほんとうのことを話してからここを去るべきではないか。」
クンタニ鳥はそう考えて、王様のところへ行き、すべてを打ち明けることにしました。
クンタニ鳥は王様のところへ行くと、きちんとおじぎをし、こう話しました。
「王様、私が仕事に出ている間に、ふたりの王子様たちが私のこどもたちを殺してしまいました。王様がお子様方に注意していていただければ、どんなによかったかと思います。
私はふたりの王子様に対する激しい怒り憎しみを抑えることはできませんでした。そのふたりを同じ目にあわせようと思い、王子様たちをトラに殺させ、しかえしをしました。
こんなことがありましたので、私はもはや、ここにいることはできません。
これまで、とても大切にしていただき、お世話になりました。私は宮殿を去ります。」
これを聞いて、王様はこう話しました。
「害をなした者に、きみは害をやり返した。
クンタニ鳥よ、それでその恨みは終わりにしよう。
だから、去るのはおやめ。」
クンタニ鳥はこうこたえました。
「害をなした者となされた者、
その者たちには、ふたたび友情は結ばれません。
こころがそれを許しはしない。王様、私は行きます。」
クンタニ鳥の言葉を聞いて、王様はこう話しました。
「害をなした者となされた者、
その者たちにも、ふたたび友情を結ぶことはできますよ。
愚か者にはできないが、賢い者ならば。
クンタニ鳥、去るのはおやめ。」
クンタニ鳥は、王様の話を聞きました。でも、こころの中の苦しみを超えることができないと感じました。
「王様、王様がおっしゃるとおりとは思いますが、私にはここにとどまることはできそうにありません。」
そう言って、王様に深くおじぎをして、クンタニ鳥はヒマラヤへと飛び立っていきました。
おはなしのポイント
- だれでも殺されるのはイヤです。自分がイヤだと感じることをだれかに対してやってはいけません。
- イヤなことをされた人は恨み憎しみをいだき、復讐、しかえしをするかもしれません。それに対して、また、しかえしをすると、恨み憎しみはずっと続きます。
不幸が連鎖して続いていきます。 - 害をなした人(加害者)となされた人(被害者)の間で、それまでのようにつきあうことはできるでしょうか。できないと、ふつうは思うでしょう。
友情は壊れてしまいます。 - しかし、賢い人、理性のある人ならば、壊れてしまった関係でさえも、また、築くことができると、王様は語っています。
- その方法は、怒り・憎しみ・恨みをのりこえることです。相手に対して、慈しみの気持ちでゆるすことで、のりこえることができます。
- 自分に害をなした相手をゆるすことはむずかしいことですが、怒り・憎しみ・恨みをのりこえることができるのは、まさにその道なのです。
- それによって、ほんものの友情を築くことができます。
- ゆるすことのできる人が、人格者です。すぐれた人です。
(おしまい)
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