キンスカの木を知っているか !?(ジャータカ 第248話)
昔々のお話です。
バーラーナシーの都では、ブラフマダッタ王が国を治めていました。
ブラフマダッタ王には四人の息子たちがおりました。
ある日のこと、四人の王子たちはお城のひとところにあつまって、おしゃべりをしていました。そのとき、ある木のことが話題になりました。その木のなまえは「キンスカ」といいます。王子たちはみんな、その木のなまえは知っているのですが、四人のうちだれも、キンスカの木を見たことがありません。
「いったい、キンスカっていうのは、どんな木なんだろう?」
「どんな木なのか、想像もつかないや。」
「一回、見てみたいものだね。」
「じっさいに見てみたら、はっきりわかるよね。」
そんな話をしているうちに、四人はキンスカの木をとても見てみたくなりました。
そこで、王様の御者をよんで、こうたのみました。
「じつは、ぼくたちはキンスカの木を一度見てみたいと思っているんだ。あなたはぼくたちがキンスカを見れるように、キンスカの木が生えているところへ、ぼくたちを連れて行ってくれないかい?」
御者は「いいですとも。王子様がた。きかいを見つけて、お連れいたしましょう。」とひきうけてくれました。
そのことばどおり、御者は王子たちをキンスカの木が生えている森へ、連れて行ってくれました。しかし、四人いっしょにではなく、一回に一人ずつ連れて行ってくれたのでした。
最初は一番上の王子が連れて行ってもらいました。御者は王子を車に乗せて、キンスカの生えている森へ行くと、
「王子様、これがキンスカでございます。」と教えてくれました。
王子が見ると、大きな木が立っています。が、木がというよりは、なんだか焼け焦げた柱みたいに見えました。
「へえ、そっかあ! これがキンスカかぁ!」
王子はキンスカの木をよく見て、どんな木なのかおぼえました。
つぎに二番めの王子が連れて行ってもらいました。それは、一番めの王子が行ったときからはしばらくたっていました。
「王子様、これがキンスカでございます。」と御者が教えてくれました。
王子が見ると、大株の木に、大きくてまっ赤な花がたくさん咲いていました。
「へえ、そっかあ! これがキンスカかぁ!」
王子はキンスカの木をよく見て、どんな木なのかおぼえました。
しばらくして、三番めの王子が連れて行ってもらいました。
大きな木にたくさんの葉が生いしげっていました。
「王子様、これがキンスカでございます。」と御者が教えてくれました。
「へえ、そっかあ! これがキンスカかぁ!」
王子はキンスカの木をよく見て、どんな木なのかおぼえました。
またしばらくして、こんどは四番めの王子が連れて行ってもらいました。
木には実ができて、豆のはいったさやがたくさんぶらさがっていました。
「王子様、これがキンスカでございます。」と御者が教えてくれました。
「へえ、そっかあ! これがキンスカかぁ!」
王子はキンスカの木をよく見て、どんな木なのかおぼえました。
それからまたしばらくたちました。四人の王子たちがあつまっているときに、キンスカの木の話になりました。
一番めの王子は、
「キンスカは焼け焦げた柱みたいだよね。」と言いました。
二番めの王子は、
「いやいや、お肉の切ったのみたいだよ。」と言いました。
三番めの王子は、
「緑いっぱいの木で、ニグローダの大木みたいだよ。」と言いました。
四番めの王子は、
「さやがいっぱいぶらさがっていて、ねむの木 〔シリーサ〕みたいだよ。」と言いました。
四人はおたがいの話がまったく合っていないので、これはいったいどういうことだろうかと思いました。いくら話合っても、それぞれが言うキンスカという木のようすが、みなちがっていて、いっちしません。どうもまったくちがうもののようなのです。しかし、四人の王子は、みな、自分の目でキンスカの木を見ましたし、しっかりと木のようすを見て、おぼえてきたはずなのです。
御者は同じ森の同じキンスカの木を見せてくれたはずです。それなのに、なぜこんなに、それぞれ言うことがちがっているのか、わけがわかりません。
そこで、四人は、智慧ある王様であるお父様にたずねることにしました。
四人の王子たちは、王様のところへ行って、
「お父様、キンスカというのは、いったいどのような木なのでしょうか?」とききました。
王様は王子たち話にをよく聞きました。
王子たちは、キンスカの木をそれぞれ見に行ったこと、それぞれが見たものをしっかりとおぼえて帰ったこと、どんな木だったかを四人で話合ってみたら、おたがいにぜんぜんちがっていたことを話しました。
王様は、
「では、キンスカの木について、おまえたちはどのように話したのかい?」とたずねました。
一番めの王子は「焼け焦げた柱みたいなものです。」
二番めの王子は「お肉の切り身みたいなものです。」
三番めの王子は 「ニグローダみたいです。」
四番めの王子は「ネムノキみたいです。」
四人はそれぞれ自分が見てきたようすを言いました。
王様はそれを聞いて、こう話しました。
「たしかに、おまえたち四人とも、キンスカを見たのだ。
キンスカの木は、冬のあいだ枯れたように見えるが、春になると新芽を出し、まず赤い花が咲くのだ。花のあとで、葉が生いしげり、秋には葉っぱは落ちて、実がつくのだよ。だから、まったくちがうように見えても、どれも同じキンスカの木なのだよ。
だから、おまえたち四人とも、まちがったことは言っていない。それぞれ正しいことを言っているよ。
だがな、ひとつわすれていたことがあったのだよ。御者がおまえたちに『これがキンスカの木だ』と見せたとき、おまえたちは『これはどういう時期のキンスカでしょうか?』とはたずねなかったね。『この時期にはどうでしょうか』『このころはどうでしょうか』と区別してたずねなかったね。だから、わからなくなってしまったのだよ。いろいろな時期について、たずねていれば、疑問にはならなかっただろうね。」
王様は王子たちにそう教えてくれました。
おはなしのポイント
- 四人の王子たちはそれぞれ、ある時期のキンスカを見ました。それはまちがっているわけではありません。見たものはそのとおりです。
- でも、自分が見たものがキンスカのすべてだと思うと、それはちがいます。
- 時期によって、キンスカはまったくちがったようすになります。冬の枯れたような状態、まっ赤で大きな花が咲いているようす、花の時期がすぎて、青々と葉がしげっている大樹のようす、そして、豆のさやがずらりとぶらさがっている実の時期のようす。同じ木だとはわからないほどの変身ぶりです。
- 王子たちは「へえ、そっかあ!」と自分が見たものだけをおぼえておきました。自分が見たものだけで、見た気になって、他の側面があることを知ろうと考えていなかったのです。
- 自分が見てたしかめた情報であっても、「へえ、そうですか」とただインプットするのではなく、全体の中で、どういう情報なのかまで確かめておくことがたいせつです。
- 人は、自分が見たこと、聞いたことが正しい、それがすべてだと思いがちです。しかし、実際にはそうではありません。
- 自分が知る情報は、いつでも部分的です。自分が知ったものがすべてではない、と知っておきましょう。
- 自分には見えていない部分もあることを知っって、全体を知っろうとする努力も必要です。
- 全体を知りたければ、智慧があり、ものごとをありのままに観ることができる人に、たずねてみるとよいでしょう。
(おしまい)
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