ゾウのおなかにはいったキツネ(ジャータカ 第148話)
野生の動物はみんなそうですが、楽にごはんが食べられるということは、まあありえないことです。いつも食べ物を探していなければなりませんし、食べ物のために苦労しなければなりません。
楽ににじっとしていて、おいしいものがおなかいっぱい食べられたら・・・
それはだれでも思ってしまうことですね。
むかしむかし、ある森の中に、一匹のキツネがおりました。若いキツネです。
若者のキツネは食欲旺盛です。この日も、なにか食べ物がないかな、と森の中をとことこと歩いていました。すると、・・・
ありました! すごくでっかいごちそうが落ちているではありませんか!
それはゾウの死体でした。この森にすんでいた一頭の年寄りゾウが川岸のところで死んでいたのです。横になったゾウのからだは小山のようでした。
「やったあ!!!でっかいごちそうだ!!」
とっとこ走って行って、キツネはゾウの鼻にかぷりとかみつきました。
「か、かたい・・。」
キツネはキバが折れそうになって涙目になりました。
「あー、びっくりした。これは鼻だよね。鋤にかぶりついたのかと思っちゃったよ。」
そうひとりごとを言って、あらためてゾウの鼻を見ました。
「これは食べられたものじゃないな。」
そこで、場所を変えて、別のところにかぶりつきました。
「あいたたた! かったいなあ。骨をかんじゃった。」
と思いましたが、それは牙でした。牙も食べられません。
次に耳をかんでみました。かむことはできたのですが、なんだかジャミジャミしていて、ぜんぜんおいしくありません。
「ぺっぺ! ざるのはしっこにかぶりついたのかと思ったよ。だめだ。これは食べられたものじゃない。」
次にゾウのおなかのところに行って、大きな口をあけると、おなかにがぶっとかみついてみました。
「なんじゃこりゃあ!大きなおなかなのに、ぜんっぜんやわらかくないぞ。でかい穀物倉にくらいついたみたいだ。」
次にキツネが挑戦したのは、ゾウの足でした。元気を出して、太い足にかぶりついてみました。
「ああ、やっぱ、だめだったな。こりゃあ、石臼だ。」
つぎは細いところにしてみようと思って、見回すと、しっぽが目に入りました。これならかめそうです。
「か、かめると思ったのに、これもカチカチだ。こりゃあ杵をかんでるようなものだ。」
キツネはその場にすわりこみました。どこもここもかたくて歯が立ちません。
「こんなに大きいのに、食べられるところがどこにもない。」
キツネは、ふうー-っと息をはきました。
それから、気を取りなおして立ち上がると、
「どこか食べられるところが、まだあるかもしれない。もうちょっとさがしてみよう。」
と、ゾウのまわりをぐるぐると歩いて、細かく見ていきました。
すると、まだ、やってみていないところが見つかりました。
それは、おしりの穴のところでした。
そこにかじりついてみると、なんと、びっくり!! やわらかいお菓子を食べているみたいなのです。
「あったぁ~! ここはふわふわだ。食べられるやわらかいところが見つかった!」
キツネはそこから食べ始めました。外がわの皮フはかたいので、そこは食べずに、どんどん、おなかの中の方へと食べていきました。おなかがぺこぺこだったので、夢中で食べ進みました。
そして、おなかがいっぱいになりました。
「はあ、まんぷくだ。いっぱい食べたぁー。もう今日は、おうちに帰ってゆっくり寝よう。」
そういって、キツネは帰って行きました。
あくる日。
きのうはおなかいっぱいに食べたのですが、おなかというものは、またすいてきます。でも、今日はだいじょうぶ。食べ物さがしに苦労しなくても、大ごちそうのある場所を、キツネは知っています。
キツネはゾウの死体のところに走って行って、今日は迷わず、ゾウのお尻の穴のところから、おなかの中のほうへ、昨日の続きを食べていきました。
食べ進んでいくにつれ、キツネはゾウのおなかの中に入りこんでいきました。
こうして、数日のあいだ、キツネはゾウの死体レストランにかよって、毎日、おなかがいっぱいになるまで食べました。腸や腎臓や肝臓など、内臓をどんどん食べて、どんどん食べ進み、いつのまにか、キツネはすっぽりとゾウのおなかの中にもぐりこんで食べ続けていました。
おなかの中はやわらかくて、とてもおいしいごちそうです。湿り気もあります。のどがかわいたら、血を飲むこともできます。そして、暑くも寒くもありません。ぶ厚いゾウの皮フにさえぎられているので、いごこちのよい洞穴のようです。食べ進んできたので、おなかの中にはキツネが横になって寝られる空間もできました。
キツネは、山の斜面にほったじぶんの巣穴と比べてみました。ここは、そこよりも居心地がよくて、安全な気さえします。
キツネはこう思いました。
「ここはなんていいところだろう。食べたくなったら、そこらじゅうがごちそうだらけだ。いごこちもばっちり。寝たいときに寝て、食べたいとき食べられる。好きなときにいくらでも食べられるんだ。・・・もう、ここに住んじゃおうかな。」
キツネはどこにも行かずに、ゾウのおなかの中だけでくらすようになりました。ゾウは巨大なので、食べ物はいくらでもありました。ぜんっぜん、快適でした!
そうして日がたっていきました。外の世界では少しずつ変化が起こっていました。照りつける太陽の光はゾウの死体にふりそそぎ、じわじわと乾燥させていきました。熱い風も吹き、死体は風にさらされて、だんだんとカチコチになっていきました。
キツネがもぐりこんだお尻のところの入り口は、乾いてちぢみ、小さくなっていき、とうとう閉じてしまいました。
まっ暗になって、キツネはあせりました。出口をさがして、ぐるぐるぐるぐる走り回りました。でも、見つかりません。
死体が乾いていったので、肉もじょじょに乾燥して、血もかれてしまいました。
飲み物がなくなってきました。肉もかたくなってきました。そして、おなか全体がしぼんできました。
キツネに死の恐怖がおそいかかりました。あちらこちらにぶつかりながら、出口をさがしましたが、見つかりません。
「ああ、ぼくはここから出られない。このまま死んじゃうのかな。」
キツネはおそろしくて全身の毛がさかだちました。
そのころ。外では雨がふり始めました。だんだん大雨になって、まわりは水びたしになりました。ゾウの死体もぬれて、水分でふやけてきました。死体はふくらんで、おしりの穴のところもやわらかさがもどりました。
おなかの中の暗闇に、きらっとなにかが光りました。髪の毛のような細い光のすじが、ゾウのおなかの中にさしこんだのです。
キツネはそれを見つけました。見けるや、その小さな点のような穴をめがけて、突進しました。頭からぶつかって、ぐいぐいとねじ込むようにおし進み、むりやりからだをとおして、最後はずるずると、からだをひきぬくようにして外に出ました。
「ああ! 助かった!! 外に出られたー。」
やっとのことで、外に出ることができました。でも、その穴はあまりにも小さい穴だったので、とおるときに、キツネのからだの毛は全部、ゾウのおしりの穴のところにくっついてしまったのです。
キツネは自分のからだの毛がぬけてしまって、つるんつるんになったのを見て、びっくりぎょうてんしました。
「うひゃあ~。」
キツネはとびあがって、走り出しました。
しかし、ちょっと走ってから、ぴたりと立ち止まりました。
そして、変わってしまった自分のからだをしげしげと見ました。
キツネはこう考えました。
「こんなことになったのは、だれかのせいではない。他のなにかのせいではない。これは、ぼくの欲のせいなんだ。欲が原因で、欲によって、欲のせいで、ぼくが自分でやったことだ。『食べたい』という気持ち、『おいしものをもっともっと』という気持ち、『楽にすごそう』という気持ち、・・・。ぼくは欲の気持ちにしたがって、欲の気持ちのままに行動したんだ。出てきた欲の気持ちの言うとおりに、ぼくは行動したんだ。
それで、こんなありさまだ。こんな苦しみだ。こんな姿になっちゃった。」
キツネは声に出して、こう言いました。
「ぼくは二度と、ゾウのからだの中に入らないぞ。
もう決して、ゾウのからだの中に入らないぞ。
こんなに怖ろしいことはこりごりだ。
甘い誘惑は命取りだ。くわばらくわばら。
こんりんざい、欲の気持ちとはおさらばだ。」
そのときから、ゾウの死体があっても、キツネがそれに誘惑されることはけっしてありませんでした。キツネには、それ以降、欲の気持ちがおこることはなかったということです。
おはなしのポイント
もしも、私たちがこのキツネで、まっくらなおなかの中に閉じ込められて怖い思いをし、やっとのことで抜け出すときに、毛が全部抜けちゃったら、どんなふうに考えるでしょうか。
「運が悪かった。」と思うかもしれません。
「入ってきた穴が勝手に閉じたのが悪い。」「運が悪かった。」と思うかもしれません。
その考え方は、正しく原因結果をとらえていません。
このキツネは、正しい考察(考え方)をしました。それによって、二度と、不幸な目にあうことはないように、自分を導いたのです。
このお話のキツネは、お釈迦様の前世であったそうです。
お釈迦様は、この話を、若い弟子たちのためにされました。
修行にはげんでいる若い弟子たちにも、ちょっとした欲の気持ちが起こることがあります。小さな欲の気持ちでも、いったん起こると、どんどんと大きくなって、気がつくと、自分ではコントロールできないところまでふくらんでしまうのです。それで、修行が続かなくなってしまうお弟子さんたちもいたようです。
お釈迦様は、欲の気持ちに負けて修行ができなくなってしまうお弟子さんたちを心配して、彼らの心から、煩悩をとりのぞいてあげるために、このお話をされました。
欲の気持ちは、最初小さく起こっても、「まあいいや」と思っていると、バイキンのように繁殖します。だから、出てきたらすぐに気づいて、とりのぞかないと危ないのです。
「甘い誘惑は命取り」
「欲にのったら、こわーーい結果になる」
とおぼえて、「くわばらくわばら」と離れることが、安全で、幸福の道です。
(おしまい)
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