信頼は宝物(ジャータカ 第361話)
これはお釈迦様がジェータ林でおられたときのお話です。お釈迦様にはたくさんの弟子たちがいらっしゃいましたが、中でもきわだってすぐれたお二人の弟子がいらっしゃいました。サーリプッタ長老とマハーモッガラーナ長老です。お二人は仏弟子たちの比丘サンガにおいて、智慧の第一はサーリプッタ、神通力の第一はマハーモッガラーナと、お釈迦様がお認めになるぐらい、ならぶ者がない偉大な長老方でした。
そして、このお二人は、とてもなかよしの親友どうしでもありました。
さて、あるとき、サーリプッタ長老とマハーモッガラーナ長老は、次の雨期のすごしかたについておふたりでこう決めました。
「次の雨期は、人のいない森の中で集中して修行にはげみましょう。」
そして、そのことを先生であるお釈迦様におゆるしをいただいて、ジェータ林をあとにし、いなかの森の中へはいり、ふたりで修行してくらしていました。
すると、そこへひとりの男がやってきました。その男は他人の食べ残しをもらって生活しているのでしたが、なぜか、ふたりの長老にへばりつくようにしてはなれず、とうとうふたりが住むところにいついてしまいました。
この食べ残しもらいの男は、ふたりの長老たちがなかよくくらしているのを見て、こう思いました。「こいつらって、なかよすぎじゃないの? こいつらがお互いになかたがいしてけんかするようにさせたら、おもしろいかも。」
そう考えた男は、まずサーリプッタ長老のところへ行きました。そして、こう話しかけました。
「だんなさま、あそこにいらっしゃるマハーモッガラーナ長老様とあなたさまとのあいだには、なにかライバル心でもおありになるんじゃないですかね。」
サーリプッタ長老はそれを聞いて、こうこたえました。
「きみ、なんで? そんなこと聞くの?」
食べ残しもらいの男はこう言いました。
「だんなさま、あの方は、『サーリプッタって人は、生まれにしろ、家柄にしろ、お国柄にしろ、学問や教養、知識にしろ、神通力にしろ、私にかなうわけはない』とあなたの悪口を言ってますよ。」
サーリプッタ長老はフッとほほえんで、
「きみ、出てってね。」
とひとことおっしゃいました。
今度はべつの日に、この食べ残しもらいの男はマハーモッガラーナ長老のところへ行きました。そして、まったく同じような話をしました。
マハーモッガラーナ長老もまた、フッとほほえんで、
「きみ、出てってね。」
とおっしゃいました。
そのあと、マハーモッガラーナ長老はサーリプッタ長老のところへ行って、こうたずねました。
「友よ、あの食べ残しもらいがあなたのところに来て、なにか言ったかい?」
「そうそう。私のところにも来て、しゃっべったよ。あいつは追い払った方がいいね。」
「それがいいね。追い払おう。」
そこで長老は、食べ残しもらいに、
「きみ、私たちのところにいるのはおことわりだよ。」と言って、指をぱちんと鳴らし、男を追い出しました。
サーリプッタ長老とマハーモッガラーナ長老のおふたりは、なかよく無事に修行を続けて、雨期が終わると、お釈迦様のもとへごあいさつに行きました。
お釈迦様はおふたりに、
「心地よく雨期をすごせましたか?」とお尋ねになりました。
ふたりは食べ残しもらいの男の、あのできごとを話しました。すると、お釈迦様はこうおっしゃいました。
「サーリプッタよ、いまだけではなく、昔もまた、その者はおまえたちの仲を裂こうとしたんだよ。そのときもやはり失敗して逃げて行ったのです。」
そして、お釈迦様は昔の話をしてくださいました。
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昔々、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていた時でした。お釈迦様はそのとき、森の中で樹の精霊でした。
その森には洞窟がありましたが、そこでライオンとトラがいっしょに暮らしていました。
そこへ、一匹のハイエナがやって来て、彼らにはべりついて、二頭の食べ残しを食べて暮らすようになりました。
食べ残しを食べているうちに、このハイエナはだんだんと肥えてしっかりして、毛並みもよくなってきました。
そんなある日、このハイエナはこんなことを考えました。
「おれさまはいろんな肉を食ったことはあるけれど、ライオンの肉とトラの肉は食ったことがないなあ。このふたりをけんかさせたら、お互いに殺しあうだろうから、死んだところでおれさまはやつらの肉を食うことができるなあ。」
そう考えたハイエナは、ライオンのところへ行きました。
「ライオンのだんな、あなたさまとトラとのあいだには何かライバル心でもおありになるんですかねえ。」
「おい、なんでそんなことを言うんだ。」
「ライオンのだんな、あのトラは、『オレが出ていけば、ライオンなんぞ、からだのたくましさも大きさも、生まれや力の強さ、勇気にしても、オレの半分の半分の半分の半分にもならんだろう。』とあなたの悪口を言ってましたよ。」
それを聞いたライオンは、
「おまえなんか出て行ってしまえ。あいつがそんなこと言うはずない。」
と吠えました。
そこで、しかたなくハイエナはトラのところへ行って、まったく同じ話をしました。
トラは、
「なんだなんだ? あいつがそんなことを言ったのか? そりゃあおかしいだろ?」
と思いながら、すぐにライオンのところへ行きました。
そして、ライオンに、
「『オレが出ていけば、トラなんぞ、からだのたくましさも大きさも、生まれや力の強さ、勇気にしても、オレの半分の半分の半分の半分にもならんだろう。』とおまえは言ったか?」
とたずねました。
ライオンはトラに、こうこたえました。
「『オレが出ていけば、ライオンなんぞ、からだのたくましさも大きさも、生まれや力の強さ、勇気にしても、オレの半分の半分の半分の半分にもならんだろう。』とオレは聞いたぞ。」
ふたりはお互いに確かめ合って、ハイエナが作り話でだまそうとしたことがはっきりとしました。
それから、ライオンはトラにこう話しました。
「お互いに信頼がなければ、友情はなりたたない。
他人の話を聞いて、それを信じるなら、友情は破れてしまう。敵意や恨みが生まれてしまうよ。
いつもだれかをけおとすことを考えている人、だれかをやっつけることを考えている人、そういう人は相手の悪いところばかり見ているんだ。そんな人とは真のともだちにはなれないね。
ともだちのことを大切に思えば、お母さんの胸にだっこされている子どものように、安らかにいられるよ。その友情はだれにもこわせないのだよ。」
ほんとうの友情を教えてもらったトラはとても感激して、ハイエナの言葉を確かめに来た自分が恥ずかしくなりました。
「オレがまちがっていたよ。」とトラはライオンに謝りました。
それからは、ライオンとトラはますます、なかよしになりました。
一方、ハイエナはトラとライオンから食べ残しももらえなくなったばかりか、ふたりがなかよくしているのを見て、身の危険を感じて逃げ出しました。
ライオンとトラは、その場所でずっといっしょに楽しく暮らしました。
そのときのハイエナは食べ残しもらいの男であり、ライオンはサーリプッタ、トラはモッガラーナであり、そのできごとをまのあたりに見ていた森の樹の精霊は私であった。」
とお釈迦様がお話になりました。
おはなしのポイント
- 信頼しあえるともだちがいることはとてもすばらしいことです。
- 信頼関係は、どんな財産よりも、最高の宝ものです。
- 友情はお互いの信頼があってなりたちます。どちらかがうたがいをもったり、他人の言うことを信じてしまうと、信頼関係がこわれてしまいます。
(おしまい)
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