大地が壊れる音(ジャータカ 第322話)
昔々あるところに、ヤシの木の林がありました。ヤシの葉の木陰で、一匹のウサギが気持ちよく寝そべっておりました。
あれこれ物思いにふけっていましたが、ふと、頭の中にこんな考えが浮かびました。
もしかして、この大地が壊れたら、どうなるんだろう?
その考えはムクムクと大きくなりました。
もしも、大地が壊れたら、どうしよう?
ウサギがそんなことを考えていたちょうどその時、大きなヤシの実がひとつ、ピューッと落ちて来ました。地面に落ちた時、「ドサン!!」と大きな音がしました。
ウサギはびっくり。飛び上がりました。
ぎゃぁ!たいへんだ!
大地が壊れるー!!
「たいへんだー。たいへんだー。」と叫びながら、ウサギは走り出しました。
ものすごい勢いで走っていくウサギを、別のウサギが見て呼びかけました。
おーい。どうしたんだー? なんかあったのかー?
たいへんだー。大地が壊れるんだよー。
なんてこった。そりゃあたいへんだ。逃げなくちゃ。
もう一匹のウサギも続いて走り出しました。
また次のウサギも聞いて走り、また別のウサギも聞いて走り、出会うウサギ出会うウサギがみんな走り出しました。
10万匹のウサギが続いて走って逃げました。
ウサギたちが走っていくのを一匹のシカが見て、近くのウサギに呼びかけました。
おーい。どうしたんだー? いったいなにごとだー?
たいへんだー。大地が壊れるんだよー。
なんてこった。そりゃあたいへんだ。逃げなくちゃ。
シカはウサギたちといっしょに走り出しました。
そのシカが走り出すのを見た他のシカたちもみんな続いて走りました。
10万匹のシカが一緒に走って逃げました。
ウサギたちとシカたちが走っていくのを一頭匹のイノシシが見て、近くのシカに呼びかけました。
おーい。どうしたんだー? いったいなにごとだー?
たいへんだー。大地が壊れるんだよー。
なんてこった。そりゃあたいへんだ。逃げなくちゃ。
イノシシはシカやウサギたちといっしょに走り出しました。
そのイノシシが走り出すのを見た他のイノシシたちもみんな続いて走りました。
10万匹のイノシシが一緒に走って逃げました。
ウサギたちとシカたちとイノシシたちが走っていくのを一匹のサイが見て、近くのイノシシに呼びかけました。
おーい。どうしたんだー? いったいなにごとだー?
たいへんだー。大地が壊れるんだよー。
なんてこった。そりゃあたいへんだ。逃げなくちゃ。
サイはイノシシやシカやウサギたちといっしょに走り出しました。
そのサイが走り出すのを見た他のサイたちもみんな続いて走りました。
10万匹のサイが一緒に走って逃げました。
ウサギたちとシカたちとイノシシたちとサイたちが走っていくのを一匹のトラが見て、近くのサイに呼びかけました。
おーい。どうしたんだー? いったいなにごとだー?
たいへんだー。大地が壊れるんだよー。
なんてこった。そりゃあたいへんだ。逃げなくちゃ。
トラはサイやイノシシやシカやウサギたちといっしょに走り出しました。
そのトラが走り出すのを見た他のトラたちもみんな続いて走りました。
10万匹のトラが一緒に走って逃げました。
こんなふうにして、逃げていく動物たちの群れは10キロの長さになりました。
動物たちが走っていくのを一頭のライオンが見つけました。
そして、近くにいたトラに呼びかけました。
おーい。いったいどうしたんだ。なぜ走っているんだい?
たいへんだよ。大地が壊れるんだよー。
そこで、ライオンは考えました。
大地が壊れるって? いったいそれは本当のことだろうか?
このヒトたちは、確かなことを言っているのだろうか?
これはひとつ、確かめてみる必要があるぞ。
しかしその前に、みんなが走っていく、その先は崖だ。
このまま走れば、崖からまっさかさまに海に落ちて、みんな死んでしまうに違いない。
まず、みんなを止めて危険から守ってあげなければならないぞ。
ライオンはすごい速さで動物たちの群れの先頭まで走り抜けました。
そして、三度すごい声で吠えました。
ガオォォォォォォーーーー‼
ガオォォォォォォーーーー‼
ガオォォォォォォーーーー‼
動物たちは腰が抜けて、その場に座り込んで止まりました。
ライオンは群の動物たちに尋ねました。
なぜきみたちは走って逃げているんだい?
大地が壊れるからです。
いったい、誰が大地が壊れるのを見たんだい?
いいえ、私は知りません。サイに聞きました。
いいえ、私は知りません。イノシシに聞きました。
いいえ、私は知りません。シカに聞きました。
いいえ、私は知りません。ウサギに聞きました。
私は知りません。このひとに聞きました。
ウサギたちは順番に言って、とうとう最後にあのウサギにたどり着きました。
ライオンはそのウサギに尋ねました。
ねえきみ、大地が壊れると言っているのはきみかい?
はい、そうです。私は見ました。
どこで何を見たんだい?
ヤシの林の中です。私はヤシの木の下で気持ちよく寝そべって、
『もしかして、この大地が壊れたら、どうなるんだろう? もしも、大地が壊れたら、どうしよう?』
と考えていました。するとちょうどその時、「ドサン‼」という、大地が壊れる大きな音がしたのです。
それで、あわてて逃げてきたのです。
ライオンは考えました。
これはウサギが大地が壊れると思い込んでいるだけかもしれないぞ。本当のところはどうなのか、確かめてみよう。
そこで、ライオンはウサギと怖がっているたくさんの動物たちにこう言いました。
私はこれから、このウサギが見たと言っている場所に行って、大地が壊れているかどうか、本当のところはどうなのかを見て確かめて来る。確かめたらここへ戻ってくるから、みんなはここで待ってなさい。
それから、ライオンはウサギを背中にのせて、ビュンビュンとすごい速さで走りました。
ヤシの林に着くとウサギを降ろして、尋ねました。
さあ、きみが見たのはどこか教えておくれ。
怖くてできません、ライオンさん。
怖がることはない。大丈夫だよ。
そこでウサギは自分が寝そべっていたヤシの木の近くから、その場所を指さして、こたえました。
あそこです。あそこで音を聞きました。
ライオンはその場所に行って、よく観察しました。
大地が壊れている様子はありませんが、ウサギが指さした木の根元のところに、大きなヤシの実が一個落ちていました。
この実が落ちる音でウサギはびっくりしたのに違いない。
とライオンにはわかりました。
ウサギよ、きみはこの実の落ちる音を聞いて、大地が壊れると思い込んだんだよ。
なんだ、そうだったのか。
ウサギはほっと安心しました。
それからまた、ライオンはウサギを背中に乗せると、ビュンビュンとすごい速さで走って、みんなのいる所に戻りました。
そして集まっている動物たちにすべてを話して聞かせました。
大きなヤシの実が一個、ウサギのそばに落ちたのだ。その音を聞いて、ウサギは走り出した。
ウサギの言葉を聞いて、他の者も怯えて走り出した。
群がみな、怯えて走り出したんだ。
いいかい、みんな。
誰かが言ったからといって、すぐにそれに従うのはバカなことだよ。
言葉が正しいかどうか、本当かどうか、確かめもしないで、誰かのする通りにするのは、他人に頼るだけの生き方だ。
他人に頼るだけの生き方は、臆病者のやることだ。
賢い人は、他人がやるからと言って、そのまますることはしないよ。自分で確かめるんだ。
自分で確かめることはとても大切なことだよ。
自分で確かめることが智慧なんだ。
このライオンの言葉を聞いて、動物たちはみんな、自分たちの愚かさに気がつきました。
(おしまい)
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