寺子屋スジャータ

はじめに

南伝ブッダ年代記 | アシン・クサラダンマ | 花

アシン・クサラダンマ長老 著 
奥田昭則 訳 / チョウ・ピュー・サン 挿絵

りのブッダの生涯しょうがい物語ものがたりく、というアイデアは、ハンダカ・ヴィッジャーナンダから、およそねんまえせられた。かれはその原稿げんこうくようにとわたしに依頼いらいし、ミャンマーの著名ちょめい水彩すいさい画家がかであるウ・チョウ・ピュー・サン氏に挿し絵のはなしをもちかけた。それ以来いらい、われわれはたずさえて、親密しんみつ協力きょうりょくしながら、このプロジェクトをすすめてきたのである。
現在げんざい、ブッダの生涯をあつかった書物しょもつはたくさんある。そのうちのいくつかはシッダッタ王子おうじ誕生たんじょうからさとりにたっするまでの物語で、のものでは、入滅にゅうめつまで、などだ。しかしながら、そのどれもが生涯のすべてを順序じゅんじょてて十分じゅうぶんに物語っている、というものではない。もし、本書ほんしょにブッダの生涯のすべてを盛り込もりこんだ「報告ほうこくしょ」を期待きたいされるなら、失望しつぼうされるだけだろう。ブッダの生涯についてのもっと完全かんぜん権威けんいあるものといえば、仏教徒ぶっきょうと聖典せいてん三蔵さんぞう(ティピタカ))そのもの以外いがいにはないのだ。
訳注やくちゅう:三蔵とは、経蔵きょうぞう律蔵りつぞう論蔵ろんぞう。また経蔵きょうぞうとは、長部ちょうぶ中部ちゅうぶ相応そうおうぞう支部しぶ小部しょうぶかく経典きょうてんからなるパーリ経典きょうてん
わたしが本書を執筆しっぴつちゅう日々ひびごしたミャンマーでは、ブッダの生涯の物語について浩瀚こうかん学術がくじゅつしょがある。偉大いだいなる学僧がくそう最高さいこう賢者けんじゃ(バッダンタ)ウィチッタサーラビワンサ、というより、ミングン・サヤドーとしてられているかたかれたものである。かたは、よんじゅっさつ分厚ぶあつい書物からなる三蔵のすべてを完璧かんぺき記憶きおくされていた。さらにくわえて註釈ちゅうしゃくしょ(アッタカター)(義疏ぎしょ)とふく註(ティーカー)(註釈の註釈)にも精通せいつうされておられ、ブッダの教理きょうり堪能たんのう達人たつじんとして最高の名誉めいよ称号しょうごうである持三蔵(ティピタカダラ)・法宝(ダンマバンダ)のしゃ(ガーリカ)を獲得かくとくされている。その学術書は「The Great Chronicle of Buddhas(しょぶつだい年代ねんだい)」というタイトルで英訳えいやくされている。ぜんろっかんじゅっさつからなる。ミングン・サヤドーへのわたしのおおいなる尊敬そんけいをひとまずわきくとして、この浩瀚こうかんな学術書といえども、やはり、完全なものではないとなされる、とってさしつかえない。くずひろいのスニータ(本書36話、以下いかどう)、ななさい阿羅漢あらかんソーパーカ(35話)、切り取ったゆび首飾くびかざりにした殺人さつじんアングリマーラ(53話)などの話は見当みあたらないのだ。しかし、それなら「ブッダの生涯の完全な物語なんて、見つからないのではないか?」ときかれるかも知れない。いや、たしかに見つけられるのだ。しかし、見つけられるのは、三蔵それ自体じたいなかからのみと、あわせてその註釈書と復註の中からなのである。問題もんだいは、はい材料ざいりょうのすべてがそのような膨大ぼうだいな経典の中に分散ぶんさんしており、はじめからわりまで年代順にそろった物語をるためには、それらをひろあつめ、配列はいれつなお必要ひつようがある、ということである。
わたしは、ブッダの生涯の物語を代表だいひょうするろくじゅうきゅうえらんだ。ブッダがスメ-ダとして存在そんざいしていた過去かこせいから話ははじまり、菩薩ぼさつ(ボーディサッタ)(訳注:さとりに達して覚者かくしゃ(ブッダ)となる以前いぜん修行しゅぎょうしゃ)としての最後さいご生存せいぞんとなるシッダッタ王子の誕生、ブッダとなって以降いこう伝道でんどう教化きょうかよんじゅう年間ねんかんはつ涅槃ねはん(パリニッバーナ)(入滅にゅうめつ)まで、である。それにはまた、仏弟子ぶつでしたちが、世代せだいから世代へ、じゅういち世紀せいきいたるまで、ブッダのおしえをまもり、進め、ひろめてきたやりかたもふくまれている。本書を話から話へとんでいくことによって、ブッダの生涯の最初さいしょから最後さいごまで、その全体ぜんたいぞうをあなたはることができるだろう。かれの生涯、そして仏弟子と仏“てき”たちのおおくのめんがわかるだろう。さらにまた、ブッダが人生じんせいしょ問題もんだいについてどのように対処たいしょし、さとし、解決かいけつしたか、わかるだろう。それらはせんひゃくねん以上いじょうまえ人間にんげん直面ちょくめんしていたしょ問題もんだいだが、今日こんにちでもいまだにみつかるものである。
おさな男の子おとこのこ突然とつぜんはん狂乱きょうらんになるわかははキサーゴータミー(58話)に、あなたは出会であうだろう。おっとと夫の両親りょうしんにひどくきらわれることをおそれ、わが子のという事実じじつを、彼女かのじょれたくなかったのだ。男の子はただ病気びょうきなだけ、と自分じぶん納得なっとくさせ、くすりを見つけようといえから家をたずねてくのである。この話は、あいするこどもをくしてむ今日の母親ははおやたちを思い起こさせる。ちょうどパターチャーラー(59話)が、夫、こどもたち、その他の家族かぞくつぎから次へとたったいちにちなれてくるい、はだかでさまようのとおなじように、今日でもあいする両親、夫、つま、こども、ガールフレンド、ボーイフレンド、あるいは財産ざいさんうしなって、くるってしまうひとたちを見かけるのだ。
あの世尊せそん一切いっさい知者ちしゃでさえ、過去世の行為こういごう)の果報かほうからのがれられなかった、ということをあなたはるだろう。弟子でし裏切うらぎり、暗殺あんさつしようとした一方いっぽう嫉妬しっとした異教いきょう指導しどうしゃが、あらゆるやりかたで中傷ちゅうしょうし、非難ひなんし、大勢おおぜいひとたちのまえ論争ろんそうしようとした。他方たほうかたはまたおおくのものたちから敬愛けいあいされ、賞賛しょうさんされ、礼拝らいはいされ、崇敬すうけいされ、尊敬そんけいされるである。しかし、生涯のしずみに世尊がどのように対処たいしょされたかが、かつて存在した精神せいしんてき指導しどうしゃなかでも、かたが最も偉大である、と証明しょうめいしているのである。
そのうえさらに、世尊の両親、息子むすこ、弟子たち、“てきたち”、異教いきょう指導しどうしゃたちなどへの態度たいどることになるだろう。しかし、あらゆるものごとのなかで最も偉大なのは、世尊がわたしたちに最高の幸福こうふくへのみちしめされていることだ。これは仏教ぶっきょう独自どくじのもので、宗教しゅうきょうきょうせつには存在しない。最高の幸福への道は、民族みんぞくやカースト、社会しゃかいてきせい差別さべつ国籍こくせき経済けいざいてき地位ちい社会しゃかいてき身分みぶん、その他の特徴とくちょうでも差別さべつせず、きとしけるものすべてに対して普遍ふへんてきである。天上てんじょうかいかみ々や地獄じごく悲惨ひさん生命せいめいにすらてはまるのだ。  はじめに(全文)

第1話へ

INTRODUCTION

The idea of writing an illustrated life story of the Buddha came from Mr. Handaka Vijjànanda about two years ago. He requested me to prepare the text and approached U Kyaw Phyu San, the well-known Myanmarese water colour artist, for the illustrations. Since then, we have worked hand in hand for this project.
Today, one can find many books on the Buddha’s life story. Some narrate the birth of Prince Siddhattha up to the attainment of His Buddhahood, while others up to His passing away, etc. However, none of them narrates the story in full exposition. If you expect this book to be an all-in account of the Buddha’s life story, you will only meet disappointment. The most complete authority on the Buddha’s life is none other than the Buddhist Sacred Text (the Tipiñaka) itself.
In Myanmar, the country where I spent my days to write this book, one can find an extensive treatise on the Buddha’s life story written by the great scholar monk Bhaddanta Vicittasàrabhivaÿsa—better known as Mingun Sayadaw. He could completely memorize the whole Tipiñaka, which consists of forty massive books. Moreover, he was also well-versed in the Aññhakathà (Commentaries) and the òãkà (Sub-commentaries), earning him the title of Tipiñakadhara Dhammabhaõóàgàrika, the highest honourary title in proficiency on the Buddha’s Teachings. His treatise has been translated into English under the title The Great Chronicle of Buddhas. It consists of six volumes in ten books. Without relegating my great respect to him, I may say that even this extensive treatise is yet to be considered a complete one. One cannot find the story of the Venerable Sunãta, Sopàka, Aïgulimàla, etc. But then, you may ask: “Can’t we find the complete life story of the Buddha?” Surely, we can. But, we can only find it in the Tipiñaka itself, together with the Commentaries and Sub-commentaries. The problem is that all the available materials are scattered in those voluminous books that we need to collect and rearrange them in order to get the complete story in chronological order.
I have selected the sixty-nine stories which represent the life story of the Buddha. The narration starts from the Buddha’s past existence as Sumedha, the last birth in His existence as the Bodhisatta Prince Siddhattha, His forty-five years of ministry after becoming a Buddha, until His Parinibbàna. It also includes the way that His disciples have been preserving, promoting and propagating His Teachings, from generation to generation, up to the twenty-first century. By reading this book, chapter by chapter, you will get the complete picture of the Buddha’s life. You will find many aspects of His life, His disciples and His ‘enemies’. You will also find how the Buddha handled, advised and solved life problems which have been facing man more than 2,500 years ago, but which we still find even today.
You will meet the young mother Kisàgotamã, who was deranged by the sudden death of her little son. Being afraid that her parents-in-law and husband would despise her, she did not want to accept the fact of her son’s death. Convincing herself that her son was only sick, she went around house to house, trying to find medicine for her son, a reminiscence of those depressed mothers who lose their beloved children today. Just as Pañàcàrà became mad, finding her husband, children and families dead one after another on one single day, even so, today we find people becoming mad being bereaved of their beloved parents, husbands, wives, children, girlfriends, boyfriends, or by losing their properties.
You will come to know that even the Blessed One, the Omniscient One, could not escape the fruits of His past actions. His disciple betrayed and tried to assassinate Him while other jealous religious teachers tried many ways to calumniate, disgrace, or debate with Him before the multitude. On the other hand, He is also a teacher who was loved, praised, honoured, venerated and respected by many. But, how the Blessed One dealt with the ups and downs of life proved Him to be the greatest spiritual teacher who ever lived.
Furthermore, you will find the Blessed One’s attitude towards His parents, son, disciples, ‘enemies’, other religious teachers, etc. But, the greatest of all is how the Blessed One shows us the way to the highest happiness, which is unique to Buddhism, and which does not exist in other religious views. The way to the highest happiness is universal to all sentient beings, without any discrimination of race, caste, gender, nationality, economic status, social position, or other attributes. It is even applicable to celestial beings and woeful beings. INTRODUCTION_All

To be continued

アシン・クサラダンマ長老

1966年11月21日、インドネシア中部のジャワ州テマングン生まれ。中国系インドネシア人。テマングンは近くに3000メートル級の山々が聳え、山々に囲まれた小さな町。世界遺産のボロブドゥール寺院やディエン高原など観光地にも2,3時間で行ける比較的涼しい土地という。インドネシア・バンドゥンのパラヤンガン大学経済学部(経営学専攻)卒業後、首都ジャカルタのプラセトエイヤ・モレヤ経済ビジネス・スクールで財政学を修め、修士号を取得して卒業後、2年弱、民間企業勤務。1998年インドネシア・テーラワーダ(上座)仏教サンガで沙弥出家し、見習い僧に。

詳しく見る

ヴィパッサナー修習(観察冥想)実践、仏教の教理を学び、先輩僧指導の下、2000年までジャワ島、スマトラ島で布教に従事。同年11月、ミャンマーに渡り、チャンミ・イェッタ森林冥想センターで修行し、2001年、導師チャンミ・サヤドーのもとで比丘出家。同年、ミャンマー・ヤンゴンの国際仏教大学(ITBMU)入学、2004年首席(金メダル授与)卒業。同年以降2006年まで、バンディターラーマ冥想センター(ヤンゴン)、バンディターラーマ森林冥想センター(バゴー)でヴィパッサナー冥想修行。

奥田 昭則

1949年徳島県生まれ。日本テーラワーダ仏教協会会員。東京大学仏文科卒。毎日新聞記者として奈良、広島、神戸の各支局、大阪本社の社会部、学芸部、神戸支局編集委員などを経て大阪本社編集局編集委員。1982年の1年間米国の地方紙で研修遊学。2017年ミャンマーに渡り、比丘出家。

詳しく見る

著書にヴァイオリニスト五嶋みどり、五嶋龍の母の半生を描いた「母と神童」、単一生協では日本最大のコープこうべ創立80周年にともなう流通と協同の理念を追った「コープこうべ『再生21』と流通戦争」、新聞連載をもとにした梅原猛、今出川行雲、梅原賢一郎の各氏との共著 「横川の光 比叡山物語」。2021年、逝去。
ページトップへ