寺子屋スジャータ

25話 三十賢群王子 ・・・・ 探しものは女か、自己か

南伝ブッダ年代記 | アシン・クサラダンマ | 花

アシン・クサラダンマ長老 著 
奥田昭則 訳 / チョウ・ピュー・サン 挿絵

第3部 法輪を転じる~伝道布教へ

第1章 初転法輪

25話  三十賢群王子 ・・・・ 探しものは女か、自己か

南伝ブッダ年代記

伝道布教のため阿羅漢六十人を四方八方の各地へ派遣したとき、世尊はバーラーナシーの仙人集会所(イシパタナ)の鹿野苑(ミガダーヤ)に、カッティカ月(現代暦の十一月ごろ)の満月の日まで、まだ滞在されていた。その後、ウルヴェーラーへ出発された。その出発までのあいだ、六十人の阿羅漢によって教えられ、利益と幸福を感じる程度にまで経験した後、出家して聖なる修行を望む人々に、世尊は具足戒を授け、さらなる教えを説かれた。

ウルヴェーラーまでの道中に、世尊は道からはずれてカッパーシカという森に入られ、ある樹の下の木陰こかげで休まれた。そのとき賢群(バッダ ヴァッギヤ)として知られる三十人の王族の青年たちがいた。かれらはそれぞれの妻といっしょで、森で特別な宴をしていた。しかしながら、そのうちの一人は結婚しておらず、そのため遊女をつれてきていた。かれらは食べ物、飲み物などを楽しんでいて、不注意で、無防備だった。その様子を見て、遊女はかれらの貴金属宝石類を盗み、やすやすと逃げ去った。しばらくたって、かれらがハッと気づくと、貴重品が消えていた。遊女のしわざだった。

かれらはただちに森の中で女を捜した。そして森の中を歩きまわっていると、世尊が樹の下で坐っているのを見た。世尊に近づいて、尋ねた。

「尊い方よ! 女がこのあたりを通り過ぎたのを世尊はご覧になりましたか?」

「青年たちよ、その女をどうしようというのだ?」と世尊は尋ねた。

かれらが世尊に出来事のいきさつを話したあと、世尊はさらにかれらにきいた。

「青年たちよ、女を捜すのと、自己を探すのと、どちらが、そなたたちのために善いのか?」

「尊い方よ、自己を探すのが、わたしたちのために善いことです」と青年たちが答えた。

「そうか、それでは坐りなさい! わたしが法を説いてあげよう」と世尊が言われた。

「ありがとうございます、尊い方よ」と、かれらは答えた。世尊に礼拝後、かれらは、その御前みまえに坐った。

そのすぐ後、世尊はかれらに次第説法と四聖諦を教えた。説法の終わりにはかれらは法(ダンマ)をさとり、洞察した。全員、さまざまな聖人の階梯に達した。第一階梯(預流(ソーターパッティ))の者や、第二階梯(一来(サカダーガーミ))の者、そしてある者は第三階梯(不還(アナーガーミ))に達したのである。

それ後、かれらは世尊に「尊い方よ、われらの出家を受けいれ、世尊から具足戒を授けてください」と懇願した。

「来たれ、比丘たちよ! 法はよく説かれた。苦の完全な滅尽のため、聖なる修行生活を送れ!」と、世尊は語られた。かくして賢群王子は比丘僧団に入ったのである。後にかれらは、世尊がラージャガハ近くの竹林精舎に滞在されているあいだに「無始経(アナマタッガスッタ)」(相応部・因縁篇・無始相応)を聴いた後、阿羅漢になった。

26話へ続く

 


南伝ブッダ年代記

Episode 25

THE BHADDAVAGGIYâ PRINCES

 

When the sixty Arahants had been dispatched for missionary work to many directions, the Blessed One was still dwelling in the Deer Park at Isipatana, near Bàràõasã, until the full-moon day of Kattika. After that, He set out to Uruvelà. Between then, He gave ordination and further instruction to some people who wished to join the path of holy life after experiencing to such an extent the benefit and happiness taught by the sixty Arahants.

On the way to Uruvelà, the Blessed One left the road to enter a wood called Kappàsika, where He took a rest under the shade of a tree. At that time, there were thirty princely brothers known as bhaddavaggiyà. They—accompanied by their wives—were holding a special party in the same wood. However, one of them was not married; therefore, he brought with him a courtesan. They were amusing themselves with foods, drinks, and so on, so carelessly that their consciousness was unguarded. Seeing this, the courtesan stole their valuable jewelleries and ran away easily. A few moments later when their consciousness recovered, they found their valuable properties were gone; so was the courtesan.

They immediately searched for the woman around the wood. And as they were wandering about in the wood, they saw the Blessed One sitting under a tree. They approached the Blessed One and asked Him: “Lord! Has the Blessed One seen a woman passing around here?”

“Princes, what business do have you with the woman?” the Blessed One asked.

After they told Him what had happened, the Blessed One enquired them more: “Princes, which is better for you, seeking a woman or seeking yourselves?”

“Lord, it is better for us that we seek ourselves,” the princes replied.

“Well, then, sit down! I will teach you the Dhamma,” the Blessed One said.

“Very well, Lord,” they replied. After paying homage to the Blessed One, they sat down at one side.

Thereupon, the Blessed One taught them the progressive discourse and the Four Noble Truths. At the end of the preaching, they realised and penetrated the Dhamma; all attained various stages of sainthood; some in the first stage (Sotàpatti), some in the second stage (Sakadàgàmi), while others attained the third stage (Anàgàmi).

Thereafter, they requested the Blessed One: “Lord, we wish to receive the going forth and the higher ordination from the Blessed One.”

“Come, bhikkhus!” the Blessed One said, “The Dhamma is well proclaimed. Lead the holy life for the complete ending of suffering!” Thus, the bhaddavaggiyà princely brothers entered the Order of Bhikkhus. Later, they were established in Arahantship after hearing the Anamatagga Sutta while the Blessed One was dwelling in the Veëuvana Monastery near Ràjagaha.

To be continued

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アシン・クサラダンマ長老

1966年11月21日、インドネシア中部のジャワ州テマングン生まれ。中国系インドネシア人。テマングンは近くに3000メートル級の山々が聳え、山々に囲まれた小さな町。世界遺産のボロブドゥール寺院やディエン高原など観光地にも2,3時間で行ける比較的涼しい土地という。インドネシア・バンドゥンのパラヤンガン大学経済学部(経営学専攻)卒業後、首都ジャカルタのプラセトエイヤ・モレヤ経済ビジネス・スクールで財政学を修め、修士号を取得して卒業後、2年弱、民間企業勤務。1998年インドネシア・テーラワーダ(上座)仏教サンガで沙弥出家し、見習い僧に。

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ヴィパッサナー修習(観察冥想)実践、仏教の教理を学び、先輩僧指導の下、2000年までジャワ島、スマトラ島で布教に従事。同年11月、ミャンマーに渡り、チャンミ・イェッタ森林冥想センターで修行し、2001年、導師チャンミ・サヤドーのもとで比丘出家。同年、ミャンマー・ヤンゴンの国際仏教大学(ITBMU)入学、2004年首席(金メダル授与)卒業。同年以降2006年まで、バンディターラーマ冥想センター(ヤンゴン)、バンディターラーマ森林冥想センター(バゴー)でヴィパッサナー冥想修行。

奥田 昭則

1949年徳島県生まれ。日本テーラワーダ仏教協会会員。東京大学仏文科卒。毎日新聞記者として奈良、広島、神戸の各支局、大阪本社の社会部、学芸部、神戸支局編集委員などを経て大阪本社編集局編集委員。1982年の1年間米国の地方紙で研修遊学。2017年ミャンマーに渡り、比丘出家。

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著書にヴァイオリニスト五嶋みどり、五嶋龍の母の半生を描いた「母と神童」、単一生協では日本最大のコープこうべ創立80周年にともなう流通と協同の理念を追った「コープこうべ『再生21』と流通戦争」、新聞連載をもとにした梅原猛、今出川行雲、梅原賢一郎の各氏との共著 「横川の光 比叡山物語」。2021年、逝去。
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