砂漠の旅(ジャータカ 第2話)
昔々お釈迦様がまだブッダになられる前、前世で菩薩であったときのお話です。
お釈迦様は、バーラーナシーの都の大商人の家に生まれました。大きな貿易をすることがその家の家業でした。
大人になって家業を継ぐと、遠い異国との貿易をいとなみました。何か月もかけて遠い国へ旅をして、また何か月もかけて帰ってきます。旅は何年もかかることもありました。
この貿易商は、貿易をするための荷車を500台持っていました。500台の荷車に商品をいっぱい積み込んで、ウシやラクダにひかせて、砂漠を抜けて、砂漠の向こうの異国まで旅をします。
自分の国で手に入る商品を買い、荷車に載せて旅に出ます。着いた異国では珍しいその商品は高く売れます。そうして得たお金で、その国の珍しいもの、値打ちのあるものを買いつけて、また500台の荷車をいっぱいにして、砂漠を抜けて帰ってきます。異国の品物はこちらではまた珍しがられるので、高値で売れるのです。そうやって、遠い道のりを旅することで、自分の国と遠い異国と、両方の国でよい商売ができました。
しかし、長い旅には危険はつきものです。毒蛇やサソリ、野生動物に襲われることもあります。盗賊が襲撃してくることもあります。
中でも、砂漠の旅はたいへんでした。木が一本もない、砂だけの土地を来る日も来る日も進まねばなりません。水がないのです。
ですから、砂漠に入る前に、食べ物と水と煮炊きに必要な薪を準備して、商売の品物とは別に、それも運んで行かなければなりません。500台の荷車をひきいた旅ですから。500人の御者と500頭のウシたち、それから、盗賊が襲ってくるかもしれませんから、用心棒になる人たちも必要です。その全員の食べ物と水と薪を運んで行かねばならないのです。それは大きな荷物を満載にした大キャラバンの旅でした。
さて、この貿易商が今回行こうとする国へは、途中に大きな砂漠がありました。砂漠の距離は60ヨージャナだと言われています。1ヨージャナは一日で進める距離のことです。ですから、60ヨージャナの砂漠ということは、60日間、ずっと砂漠の中を進むということになります。
キャラバンの隊長は、砂漠の手前の人間の住む最後の町で、自分たち全員と牛たちの60日分の食料と水、それから煮炊きに必要な薪を準備して積み込みました。60日間も、途中で食べ物や水や薪の補給ができないのですから、念入りに揃えて何度も数えて、きっちりと積み込みました。そうやってしっかりと準備をして、砂漠の旅に出発しました。
そこは「難所の中の難所」と言われる砂漠でした。60日間、人が住んでいるところはまったくありません。前を見ても後ろを見ても、右を見ても左を見ても、砂以外に何も見えません。一滴の水もないのです。
砂漠の砂を手ですくって握ろうとしても、こぶしの中の砂はさらさらとすべり落ちてしまい、手の中には何も残りません。それぐらい細かくて水分をまったく含まない砂でした。
朝、太陽が上がると、ぐんぐんと気温が上がり、熱く焼けたフライパンの上を歩いているようになります。とても歩くことはできません。立っているだけで熱にやられて、ひからびてしまいます。
夜は反対に、気温がものすごく下がります。しかし、その方がましでした。旅は夜に進めるしかありません。
日が昇ると、荷車を丸く集めて、その上に大きなテントを張り、その陰に座って食事をして、休みます。日が暮れて大地が冷えてくると、テントを片付けて荷車に積み込み、出発します。昼は熱さに耐えてじっとしていて、夜になったら進む、そうやって旅をしました。
砂漠の旅は、どちらを向いても砂、砂、砂。いったいどうやって方向がわかるのでしょう。―海の旅と同じなのです。星の位置を目印にして進むのです。だから、星を見て方角を知り、進むべき道を案内する人が必要です。星の知識があり、砂漠の旅を案内できる人は、とても重要な役割でした。もし、砂漠で方向がわからなくなり、迷ってしまったらどうなるでしょう。予定の日数で砂漠の終わるところまでたどり着くことができなかったら、積んでいる水がなくなったところで、その旅は終わりです。全員がそこで、死ぬしかなくなってしまいます。
そんな危険な砂漠の旅を一日、一日と続けました。そして、とうとう、この大キャラバンは59日目の旅を終えました。あと一日歩けば、この砂漠が終わります。人の住む町が見えるでしょう。緑の木や草を目にすることができるでしょう。そして、水が好きなだけ飲めるでしょう。水浴びだってできます。
あと一日。もう、砂漠の旅のために大切に運んできた荷物はほとんどいらないものになりました。もしものためにと運んできた水や薪は、もういりません。余分な荷物を捨てて、少しでも身軽になって、あと一晩だけ進みましょう。朝になったら、町が見えてくるはずです。
そこで、夕食が終わって、出発の準備をするときに、残っている薪や余った水を捨てて荷車を軽くしてととのえると、キャラバンは出発しました。
砂漠の案内人は先頭の荷車に乗っています。荷車に布をしいてそこに横になり、夜空を眺めて、進むべき方向を指示します。星を見れば方向ははっきりとわかります。
「この方向に進め。」と言って、荷車が進み始め、500台の荷車の大キャラバンが後に続いて動き出すと、案内人はほっと息をつきました。
長いの旅でした。昼間は休んではいましたが、熱風の中ではなかなか眠ることができません。体力が消耗しないように、じっとしていることがやっとでした。夜はずっと星を眺め続け、方向を見失うことがないように、集中していなければなりませんでした。気の休まる暇はまったくありませんでした。他の人たちは交代で荷車の上で眠りながら進むこともできました。しかし、彼はほとんどで眠ることがないまま、長い旅を続けてきました。
疲れていた彼が、ほんのちょっとまぶたを閉じると、知らないうちに、深い眠りに引きずり込まれていました。
牛はまっすぐ歩いているように見えましたが、土地のでこぼこがあると、ちょっとずつ進んでいる方向がぶれてしまいます。ほんのちょっとずつのずれでしたが、いつのまにか、進路はまったく逆の方向になってしまっていました。誰もそのことに気づきませんでした。大キャラバンは、町の方向ではなく、来た道を逆方向に進んでしまっていたのです。
案内人は自分が眠り込んだことに気づいてもいませんでした。ほんのちょっと目を閉じて、すぐに開けたつもりでした。でも、目をを開けると夜明けになっていました。びっくりしてあわてて星を見てみると、方向が逆になっています。
「大変だ!!」
大声で「止まれ!止まれ!荷車の方向を変えよ。」と叫びました。けれど、500台の荷車の向きを逆にするのは簡単なことではありません。全員に指示を出して、荷車を動かして順番に並べたりつなぎかえたり、大騒ぎでした。そうやって隊列をととのえている間に、はやくも夜が明けてしまいました。
明るくなって見てみると、そこは見渡すかぎり砂漠でした。いくら目をこらしても、どこにも町など見えません。いったい、自分たちはどのあたりにいるのでしょうか。一晩中進んで、砂漠の中にもどってきてしまったのです。
しかし、もう水も薪もありません。この熱風の吹く中で、水なしでいったいどのくらいもちこたえられるでしょうか。
「ああ、もうだめだ。」人々は絶望して、がっくりとひざを落としました。
ようやくテントを張りましたが、食事の準備はできません。水も薪もないのですから。みな、それぞれの荷車の下の少しでも涼しいところにうずくまって、ものを言う気力さえなくして、横たわっていました。
キャラバンの隊長は、この大キャラバンが大変な危機に陥ったことを誰よりもよくわかっていました。この大変な危機の中で、こう考えたのです。
「私があきらめてしまったなら、このキャラバンの全員がここで死ぬことになるだろう。私は努力を捨ててはだめだ。」
そこで、まだ朝の早いうちに、周囲を歩いて見て回りました。じっと、じっと、よくよく見ました。そうすると、砂ばかりの砂漠ですが、ちょっとした低くて細い木があり、くぼみにはいくらか草が茂みになっているところが見つかりました。小さくて、目立たない、ささやかな茂みでしたが、この隊長は見逃しませんでした。そして、こう考えました。
「砂漠のこの地で草がはえるということは、地下に水の湿気があるということだ。もしかしたら、地下水脈があるのかもしれない。」
隊長は力のある者たちを選ぶと、鋤を持たせて、その場所を掘らせました。
1メートル、2メートル、3メートル、…5メートル、……。まだ掘りました。もうそうとうな深さです。
深さが10メートルをこえたところで、掘っていた人が打ちこんだ鋤がガツンと何かに当たりました。調べてみると、大きな岩があって、そこからはもう掘れないことがわかりました。
この深さまで掘るだけでもたいへんな仕事でした。みな、汗だくになって掘りました。でも飲み水はないのです。それでもがんばって掘り続けてきましたが、これ以上はもう掘れないのです。水は出ませんでした。
誰もががっかりして、体力も気力もすっかりなくなってしまいました。
「ああ、もうだめだ。」
口から出る言葉はそれしかありませんでした。
隊長である菩薩は、その時また、こう思いました。
「私がここであきらめたら、おしまいだ。私は努力を捨ててはだめだ。」
そこで、隊長は穴の底に降りていって、その場所をじっと観察しました。足もとの大きな岩に触れ、それからうずくまって耳を当ててみました。じっと聞いていると、下の方に水の流れる音がします。
「この岩の下には水が流れている。よし。もう一度やってみよう。」
隊長は穴を登って外に出ると、うずくまっているひとりの力持ちの男にこう言いました。
「きみの力が必要だ。きみが努力を捨ててしまったら、私たちは全滅するしかない。
きみはあきらめず、この鉄のハンマーで、あの岩に思い切り打ちこんでくれ。」
その男もほかの人々と同じように、絶望してただじっとしていたのだけれど、隊長の言葉を聞くと、
「わかりました。やります。」
とハンマーを受け取って、穴の底におりて行きました。
男はハンマーをかまえると、足の下の固い岩をじっと見ました。そして、岩をめがけて、渾身の力でハンマーを振り下ろしました。
その一撃で、岩はまっぷたつに割れて下に落ち、地下の水脈をせき止めました。たちまち、せき止められた地下の水が吹き上がりました。すごい勢いで水柱が立ちました。ヤシの木の高さぐらいの大きな水柱が吹きあがり、それから人々の上にシャワーとなって降りそそぎました。
人々は歓声をあげて、踊りました。頭からシャワーをあびながら、口をあけて降ってくる水を飲みました。
そのあと、余分な荷車を解体して薪にして、おかゆを煮ました。十分な量ではありませんが、みなが食べて牛にも食べさせました。
日が暮れると、水の穴のそばに旗を立てて、キャラバンは出発しました。今度こそ、方向をまちがえることなく、まっすぐに人が住む町を目指して進みました。そして、夜明けとともに、とうとう砂漠を抜けて、町が見えてきました。
その後、キャラバンは遠い異国に到着し、運んできた品物を売り、買ったときの何倍ものお金を得て、そのお金で上等な異国の品物をたくさん買いつけて、無事に自分の国に戻って行ったということです。
この物語のメッセージ
- ものごとをなしとげるためには、努力が必要です。
困難があっても、あきらめず、努力を捨てないことが大切です。
くじけず、あきらめず、努力を捨てない人が目的に達します。 - リーダーである人は、特にあきらめてはなりません。
リーダーがあきらめてしまうと、みんなもダメになってしまいます。
リーダーは、まわりのみんなと自分を助けるために、最後まで頑張らねばならないのです。 - ピンチの時、危機におちいったとき、冷静に状況を観察し、よく見てみることが必要です。
怒ったり、あわてたり、泣いたり、嘆いたり、絶望したりしても、状況はよくはなりません。
冷静な人が一番良い方法を見つけることができます。 - このキャラバンでは牛たちも旅の仲間です。少ししかない食料をうすいおかゆにして食べましたが、みんなで分け合い、牛たちにも食べさせていましたね。満腹にはなりませんが、みんなでピンチをしのぐことができました。
(おしまい)
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