生まれかわったお妃さま(ジャータカ 第207話)
昔々のお話です。
カーシ国にポータリという街がありました。そこを治めているのは、アッサカという名前の王様でした。
もうしばらくのあいだ、アッサカ王は悲しみに沈んでいました。
毎日、朝も昼も夜も、棺を抱きかかえて、涙にくれています。
王様の愛するお妃さまが亡くなったのです。
お妃さまはウッバリーという名前の、それはそれは美しい方でした。天女かと思うような美しさでした。お妃さまを見た人はだれもが、「人間とは思えない美しさだ」と言いました。
そのお妃さまが、あまりにも突然死んでしまって、王様は悲しくて悲しくて、ごはんものどをとおらず、眠ることもできず、泣いてばかりいたのです。
王様は、お妃さまのなきがらを入れた棺に、ゴマの油粕をつめさせて、遺体が傷まないようにしました。そして、自分のベッドの近くに棺を置いて、ずっと、ながめたりさすったりしながら、なげき悲しんでいました。
「美しいウッバリーや、なぜ死んでしまったのだ。」
と話しかけては、涙を流していました。
王様の両親や、親族、友だち、家来たち、宗教家など、いろんな人がやってきて、王様をなぐさめようとしましたが、ぜんぜんダメでした。
「王様、すべては無常でございます。なにもかも変わってゆくものです。変化しないものなどございません。死なないものはありません。王様、そんなになげかれますな。」
と、諭したり諫めたりしましたが、王様の心にはまったく入らなかったのです。
さて、ヒマラヤにひとりの仙人がおりました。仙人は厳しい修行をして、いろいろな神通力を身につけていました。その仙人が天眼の力でインド大陸をみわたしていると、アッサカ王がなげいている姿が目にとまりました。
「ひどいなげきようじゃな。この王様が立派な人間であるなら、助けてあげなければいけないな。」
そう考えて、仙人は神通力で空中にまいあがり、そのままアッサカ王様の宮殿まで飛んできて、宮殿の庭に風のように降りてきました。降りたったところは、大きな石での上で、板のような形になっています。それはおめでたい儀式に使う石板でした。仙人は、そのままその石板の上に、黄金の像のように堂々と座って、静かに瞑想していました。
そこへ一人の若いバラモンが通りかかり、仙人を見つけました。バラモンは「この人はただものではないないな」と感じました。そこで、仙人にていねいにあいさつをしました。
すると、仙人がそのバラモンに話しかけました。
「若い方、こちらの王様は立派な方ですか?」
バラモンはこたえて、
「はい、王様は立派な方です。ふだんは公正に国を治めておられ、民からも慕われております。とてもおやさしい方です。しかし、お妃さまが亡くなってからというもの、なげき悲しんでおられ、食事ものどを通らず、泣きくらしておられます。あなたは立派な仙人様であるとお見受けしますが、王様を助けてさしあげることはできないでしょうか」
「若い方、王様がここへおいでになって、私におたずねになるなら、私は王様にお妃さまがどのように生まれかわったのかを、教えてあげられます。また、王様の目の前で、お妃さまに話をさせるようにもしてあげられますよ。」
「そうですか! それではすぐに、王様をこちらへおつれいたしましょう。」
若いバラモンはそう言って、急いで王様のところへかけて行きました。
王様はバラモンから話を聞くと、大喜びで庭にかけつけました。
「ウッバリーに会えると聞いたが、ほんとうですか?」
王様は仙人にあいさつをすると、すぐさまそうたずねました。
「はい、お妃さまはこちらで亡くなって、生まれかわっておいでです」
と仙人が話を始めました。
王様は、身をのり出すようにして、
「あなたは妃が生まれかわったところを知っているのですか?」
とたずねました。
「はい、存じております。」
「ウッバリーはどこに生まれかわっているのでしょうか?」
「王様、お妃さまはご自身の美しさをたいそう自慢に思っていらっしゃいましたね。美人であることを鼻にかけて、わがままでいらっしゃいました。それでまわりに親切にしたりなさいませんでしたね。善い行ないをされないまま、人生が終わってしまわれました。
お妃さまは、この近くに生まれかわっておいでです。
この庭に住む、
ほら、そこを歩いているフンコロガシに生まれかわられました。」
「ええっ?!!! なんということだ! これが、あのかわいいウッバリーなのか?」
王様と仙人の足もとを二匹のフンコロガシが歩いているのが見えます。お城で飼われている牛たちが落としたフンを丸めてダンゴにして、それをオスのフンコロガシが力いっぱい運んでいます。メスのフンコロガシはそのフンの上に乗って、とても満足そうに運ばれていました。
「はい、このメスのフンコロガシがお妃さまの生まれかわれたお姿です。たいそう見目麗しいメスのフンコロガシでございます。」
「な、なんと! 私には美しいとはとても思えないが!」
「人間の目で見て美しいかどうかは、人間の判断にすぎません。フンコロガシの世界では、このフンコロガシは魅力的なメスにございます。ほら、ご覧ください、フンコロガシのオスにはモテモテのようでございますから」
王様はおどろきのあまり言葉が出てこないようすでしたが、やっとのことで、こうつぶやきました。
「ああ、私にはとても信じられない。これがウッバリーだというのか。」
そこで、仙人はこう言いました。
「では、私の力で、会話をできるようにしてみましょう」
仙人が神通力を使うと、フンコロガシの言葉が人間の言葉となって聞くことができるようになりました。
仙人がメスのフンコロガシに、
「あなたは前世でなんという名前であったか?」とたずねました。
フンコロガシは、
「私はウッバリーという名前でした。アッサカ王の妃でした。」
とこたえました。
「では、今、あなたはアッサカ王のことをどのように思っているか? 愛しく思っているか?」
「愛しく思っておりましたが、あれは前世でのことでございます。今、私にとって愛しいのは、このたくましいオスのフンコロガシでございます。彼は力が強く、私に必要な良質のフンをこうやって運んでくれます。これから私たちは巣作りに励むので、とても忙しいのです。アッサカ王は人間ですもの、私にはなんの関係もございません。もし、私の夫、このフンコロガシの彼に、危害を加えることでもあろうなら、私はその人間を憎みますが、私たちの世界にかかわらないなら、私にとっては、なんの興味もございません。」
この会話を聞いて、アッサカ王の目がさめました。
「ああ、ウッバリーは死んだのだ。」
ひとことそう言うと、王様は何かが抜け落ちた様子で、お城へと戻って行きました。
王様はただちにお妃さまのなきがらを捨てさせて、あらためて仙人にもあいさつをしました。そのときには、すっきりした顔つきになり、生き生きとした王様になっていました。
仙人は、それから、王様に王として必要なことなど教えを説いてあげて、そののち、ヒマラヤへと去ったということです。
後に、アッサカ王は、あらたに妃を迎え、正しく国を治めたということです。
おはなしのポイント
- 生命は自分の行ないによって、死んだら次の生へと生まれかわります。
- 生まれかわったら、その生命として、生きていきます。
- どんな生命として生まれるかは、それまでの行ないの力によります。
- 生命は、自分が生まれたその生を喜び、その生命のものの見方で、その生をいっしょうけんめい生きていきます。
- 無常であることを認めずに、ものごとにしがみついていることは、おろかなことです。
(おしまい)
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