陰口はなかたがいさせる言葉(ジャータカ 第349話)
昔々のお話です。
バーラーナシーでは、ブラフマダッタ王が国を治めていました。
都から少しはなれたある村では、たくさんの牛たちが飼われていました。
牛たちは、朝には森の近くの草がたくさん生えているところへ連れて行ってもらい、夕方には家に戻ることになっていました。
ある日、いつものように牛たちは日中、ゆっくりと草を食べて、夕方になって村へと帰りました。牛を集めて連れていくのは牛飼いの仕事です。その日、若い牛飼いは、夕方牛を集めて連れて帰る時に、うっかり、一頭忘れて行ってしまいました。
取り残されてしまったのは、め牛で、おなかに赤ちゃんがいるめ牛でした。
夜になってしまいました。め牛は暗い森のそばで、とても心細くなりながら、じっとしているしかありませんでした。
そこへ、森からライオンがやってきました。ライオンはエサを探していました。そして、はぐれため牛を見つけました。ライオンにとっては絶好の獲物です。藪にひそんで、とびかかるタイミングを見はからっていました。
じっと見ていると、ライオンにはその牛がメスで、おなかに赤ちゃんがいることがわかりました。ライオンの心に、変化が生まれました。そのライオンもメスで、おなかに赤ちゃんがいたのです。め牛がおなかの赤ちゃんを気づかいながら、不安に思っている気持ちが、ライオンの心の中に伝わってきました。
ライオンは静かにめ牛に近づいて行って、「怖がらないで。」と話しかけました。め牛はびっくりしましたが、なぜかそのライオンのことは怖いと思いませんでした。
ふたりはすぐに仲良くなりました。それからはふたりでいっしょに、森の中で暮らしました。
しばらくたって、め牛は仔牛を、そしてメスライオンはライオンの子どもをそれぞれ産みました。どちらも男の子でした。子どもたちは生まれたときからいっしょに育ち、兄弟のようになかよく大きくなりました。
さて、ひとりの男がその森にやってきました。男は王様の家来で、あちこちの森や林に行って、王様に自分が見聞きしたものごとを報告するのが仕事でした。猟師として獲物を王様に献上することもありましたし、たとえば珍しいキノコなど、森で見つけたいろいろなものを、王様のところへ持ち帰ってお見せしたりもしました。
その森の中であちこちと歩き回るうちに、この男はライオンと牛がなかよくしているのを見ました。
ふつうであれば、ライオンと牛はいっしょにいるはずはありません。ライオンは牛をえものとして殺して食べるでしょうし、牛も命の危険を感じて本気になれば、ライオンを蹴ったり、角でついて身を守るでしょう。ライオンでも蹴られれば死んでしまうかもしれません。狩ったり狩られたり、闘うあいだがらでしょう。ですから、この光景を見て、とても珍しいことだとおどろきました。
この森歩きの男が次に都に行ったときのことです。男は王様にお会いし、森で見つけた珍しいものなどを王様に献上し、森や林のようすを報告しました。
そのとき、王様に「森では何かかわったことがあったかね?」とたずねられると、あのライオンと牛のことを思い出しました。それで、王様にその話をしたのです。
「王様、実は森で、おもしろいものを見ました。ライオンと牛がなかよくいっしょに暮らしているのです。私はこの目で見たのです。」
それを聞いた王様は、
「ほほう。それは珍しい。そんなことがあるのじゃな。」と言いました。
およそなかよくなるはずのないもの同士が、友情で結ばれていることに、王様はとても興味がわきました。
そのライオンと牛はこれからもずっとなかよく暮らすのだろうか。いつまでなかよしでいられるだろう。王様は考えました。
王様はとても賢い方でした。それで、その森歩きの男に、こう言いました。
「その二頭はなかよく暮らしているということだが、三匹目のものがあらわれると、わざわいが起きるにちがいない。」
「わざわいですか?」と森歩きの男はたずねました。王様のおっしゃる意味がよくわからなかったのです。
「そうだ。わざわいだ。不幸なことになるだろう。」
そして、王様はこうつづけました。
「おまえ、その二頭のところに三匹目があらわれるのを見たら、私に教えてくれないか。」
森歩きの男は、「ははあ、かしこまりました。王様。注意しておきます。」
と言って、王様のもとを去りました。
ちょうど、この男が都へ行っているあいだに、一匹のジャッカルがライオンのところへやってきました。ジャッカルはライオンにとりいって、子分になろうとしていました。ライオンは強いので、ライオンのそばにいれば、楽に肉が食べられるのです。ジャッカルは自分で狩りをするよりも、ライオンにくっついている方がいいと考えたのです。
そこで、ジャッカルはライオンにゴマをすったり、おべんちゃらを言ったりして、ライオンのごきげんをとり、ライオンに気にいられるように、あれやこれやとライオンのお世話をしたりしていました。
森にもどったあの男は、ジャッカルを見て、「これは王様にお話ししなければ。」と、すぐさま王様のところへ報告に行きました。
「王様、王様、あの二頭のところに、三匹目があらわれました。」
男がそう告げると、王様はたずねました。
「そうか。それは何か?」
「ジャッカルでございます。王様。」
「そうか、二頭にとってはわざわいが起きるであろうな。私はその森に行って、二頭の結末を見届けようと思う。おまえ、案内しなさい。」
そう言って、王様は森歩きの男に案内させて、あの森へと出かけました。
一方、ジャッカルは、ライオンが牛となかよくしているのをおもしろくないと思っていました。
「なんだって、牛なんかとなかよくしているんだ。気にいらんな。牛もじゃまだが、牛なんかに親切にするライオンにも腹が立つ。」
そうしてイライラしているうちに、こう考えました。
「ふん、おれさまはこれまでにいろんな肉を食べたことがあるが、そういえば、ライオンの肉と牛の肉だけは食べたことがないな。
あいつらの仲を裂いて、ケンカさせれば、おれさまはやつらの肉が食えるぞ。」
そこでジャッカルはライオンのところへ行き、こう言いました。
「ライオンさま、ライオンさま、あなたさまとなかのいいあの牛ですがね、こんなことを言っているのをごぞんじでしょうか。」
「いったいなにを言っているというんだ?」
「あの牛は、あなたさまのことを『いつも血まみれの肉を食う野蛮なヤツだ』と言っていましたよ。」
「まあ、あいつは草しか食べないヤツだからな。野蛮に見えるかな。」
ライオンがのってこないので、ジャッカルはさらにこう言いました。
「ライオンさま、あの牛はあなたのお母様のことも『血まみれで野蛮だ』と言っていましたよ。」
それを聞くと、ライオンは腹が立ってきました。
「なにを言うのだ。オレの母さんをぶじょくするのか! 狩りをするのはおれたちライオンの仕事だ。あいつのことは狩らないでいてやっているのに、なんでそんなことを言われなきゃいけないのだ。自分はグズで、年中草をもぐもぐかんでいるくせに。」
「本当にそう思いますよ。あなたさまがかっこよく狩りをするのをわかってないやつですねえ。」
とジャッカルはあいづちをうちました。
「まったくだ。からだばかりでかくて、のろまのくせに。」とライオンは舌打ちしました。
「そのとおりですよ。」とジャッカルは言って、ライオンのところを離れました。
さて、ジャッカルは、今度は牛のところに行きました。
「ねえ、牛さんよ。あんたは知っているかい?ライオンがあんたのことをどう言っているか。」
「ん? ライオンがなんだって?」
「ライオンはね、あんたのことを『グズでのろまで、いつも草をくちゃくちゃかんでいるやつだ』って言っていたよ。」
「ふーん。まあ、オレはいつも草をかんでいるからね。」と牛は言いました。
ジャッカルはさらに言いました。
「ついでに、あんたの母親のことも、『ずうたいばかりでかいのうなし』って言っていたよ。」
「なんだって?」牛はびっくりしました。
「オレの母さんはのうなしなんかじゃないぞ。」
ジャッカルは続けて言いました。
「ぼくはライオンがそう言っているのを聞いたんだ。あんた、そんなこと言われて腹が立たないのかい?」
「いや、いくらなんでもそりゃあひどいだろ。」と牛は角をふり上げました。
「だよね。そんな失礼なこと言うなんてねえ。」とジャッカルは言いました。
王様が森に到着したとき、ちょうどライオンと牛が向かい合っているところでした。どちらも目を真っ赤にして怒りに燃えています。じりじりとにらみあっていましたが、ライオンが牛にとびかかり、牛は角をつき立てました。
闘った末、とうとう、ライオンと牛は二頭とも命を落としてしまいました。ジャッカルは大喜びで、ライオンの肉と牛の肉、両方を食べたのです。
王様はそのようすを車の上に立って、すべて見ていました。
それから、おともの御者にこう話しました。
「ジャッカルの言葉は、恐ろしき離間の語、なかたがいさせる言葉なのだ。
和合を壊す言葉だよ。
ジャッカルのずるがしこさを見てごらん。ちょっとした陰口で、強いライオンと強い雄牛の両方ともを殺してしまった。
陰口はなかたがいさせる言葉なのだ。
まるで、鋭い刃物で肉を切りつけるように、
長い間の信頼関係をも切り裂いてしまうのだ。
なかよきものたちのあいだは裂かれ、友情は破られた。
陰口にのせられてしまったら、不幸に打ちのめされるしかないのだ。
あの、ライオンと牛たちのように。
そうならないためには、本当に気をつけていなくてはならないよ。
陰口にのってはいけない。
陰口にのらないならば、天界にいるかのように、安楽に幸せにいられるのだ。」
賢い王様は、そう語ってから、ライオンのたてがみや皮や牙や爪を持たせて、都へ帰って行きました。
賢い王様は、前世のお釈迦さまだったそうです。
おはなしのポイント
- 陰口は、おそろしい言葉です。なかたがいさせるのです。
友情を壊します。人々の平和を壊し、不幸をもたらします。 - なかたがいさせる言葉は、仏教では「離間語」と言います。
- 陰口を言ったり、悪口を言ったり、うわさ話をしたりすると、聞いた人は、その話で言われている人のことを、悪い人だと思います。
そう言うイメージを持ってしまいます。
そうすると、聞いた人は、その話の人となかよくすることができなくなってしまいます。 - そうやって人と人の間を切り裂く行為は、とても悪いことです。大きな罪になる行為です。
- 陰口、悪口、うわさ話はどれも、とても悪い行為です。
- なかたがいさせる言葉は、わざとなかたがいさせてやろうとして言う場合もあるし、
あまり考えずに、自分がただ言いたくて誰かの悪口を言ったり、グチを言ったりすることが、なかたがいの原因になる場合もあります。
どちらでも、人々の和合を壊すことになりますから、とても悪いことです。 - 自分が不幸にならないために、そして、他人を不幸にしないために、陰口や悪口を言わないように、よく気をつけていましょう。
- 私たちのまわりには、離間語・なかたがいさせる言葉・陰口・悪口・うわさ話を言う人がいるかもしれません。
私たちは不幸にならないために、その言葉にのらないでいることが大切です。
私たちの心が弱いと、すぐにのってしまいます。でも、のったら不幸になりますから、よくよく気をつけていましょう。 - 陰口や悪口、うわさ話を聞いてしまった時には、それをうのみにしてのってしまうのではなく、それが事実かどうかを確かめることが必要です。信頼できる証拠などがあり、事実であることを確認できるまでは、聞いた内容については保留状態にしておくべきです。
- もしも誰かの行為が間違っている、「これはよくない」と思った時には、そのことを陰で別の人に言うのではなく、言うのであれば、やっている本人に言うのが良いやり方です。あるいは、他の人々と本人もいる場で言うのが良いでしょう。内容が事実かどうかはその場でわかりますし、誤解を生みにくいからです。
(おしまい)
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