寺子屋スジャータ

03話 マハ―マーヤー妃の夢

南伝ブッダ年代記 | アシン・クサラダンマ | 花

アシン・クサラダンマ長老 著 /
奥田昭則 訳 / チョウ・ピュー・サン 挿絵

第1部 出家まで 

第2章 生誕

03話  マハーマーヤー妃ひの夢ゆめ

二千六百年にせんろっぴゃくねん以上いじょう前まえ、インド北部ほくぶのヒマラヤ山脈さんみゃくの麓ふもとに、大小だいしょう多数たすうの王国おうこくがあった。そのうちの一ひとつが釈迦サーキャ族ぞくの国くにで、王都おうとはカピラヴァットウ(カピラ城じょう)と呼よばれた。当時とうじの王はスッドーダナ王といい、王族おうぞく(カッティヤ)(武士ぶし貴族きぞく)だった。
スッドーダナ王はコーリヤ族のマハーマーヤーという名なの美うつくしい王女おうじょを第だい一いち王妃おうひに迎むかえた。ふたりは幸福こうふくに暮くらし、王国の誰だれもが国王こくおう夫妻ふさいを敬愛けいあいした。なぜならスッドーダナ王は賢明けんめいで練達れんたつの王、マハーマーヤー妃も同様どうようで、そろって道義どうぎにかなう人徳じんとくをそなえていたからである。
しかし、結婚けっこん後ごかなりたっても、こどもに恵めぐまれなかった。とくに、王位おういの継承けいしょうが期待きたいされる王子おうじが生うまれなかった。釈迦(サーキャ)族には毎年まいとしアーサーラー月つき(現代げんだい暦れきの七月しちがつごろ)に七なな日間にちかん、恒例こうれいの北きた(ウッタラ)アーサーラー星祭ほしまつり(ナッカッタ)を祝いわうならわしがあった。マハーマーヤー妃も祭まつりに参加さんかしたが、この祭りは花はなや香料こうりょう、装飾そうしょくの数々かずかずによる飾かざりつけの美うつくしさ、そして禁酒きんしゅで、きわだっていた。祭りの七日にち目め、アーサーラー月の満月まんげつの日に、マハーマーヤー妃は早起はやおきし、香料入いりの風呂ふろに入り、最もっとも寛大かんだいな布施ふせをして、王妃の教師きょうしから受うけた八戒はちかいを一日中ちゅうまもった。

満月のその日の夜よる、王妃は夢を見みた。
夢の中で、四天王してんのうが王妃を持ち上げ、寝ね椅子いすに乗のせてヒマラヤ山脈のアノータッタ湖こ(訳注やくちゅう:ヒマラヤ七湖の一つ、無熱悩アノーラッタ湖)近ちかくのマノーシラータラへ運はこんだ。王妃はそこのサーラ樹じゅの下したに置おかれた。そのとき四天王の妻女さいじょたちが近ちかづいてきて、王妃を湖で水浴すいよくさせた。そして天女てんにょの衣装いしょうを着きせかけ、香料を塗ぬり、天上てんじょうの花で飾かざった。妻女たちは、湖からほど遠くない白銀はくぎんの山の内側うちがわの黄金おうごんの館やかたに、王妃を寝ねかせた。夢の中で王妃は、白はく象ぞうが長ながい、きらめく鼻はなで、白しろいハスの花をもっているのを見た。その象が近づいてきて、王妃のまわりを三さん度ど、右みぎ回まわりに歩あるいて回まわった。そして、右脇わきから胎内たいないに入はいった。最後さいごに象は消きえて、目が覚さめた・・・。
朝あさ早はやく、王妃は自分じぶんが見た夢を王に話はなした。どのように解釈かいしゃくしたらよいのかわからず、王は賢者けんじゃたち(バラモン僧そう)を呼び出よびだし、その意味いみを尋たずねた。賢者たちは、こう答こたえた。
「偉大いだいなる王よ、ご心配しんぱいなく! 王妃は、王子を懐妊かいにんされたのです。もしや王子が在家ざいけの生活せいかつを捨すてて行者ぎょうじゃになったとしても、必かならず一切いっさい知者ちしゃのブッダになられます」
王も王妃も、ともにこれを聞きいて、とても幸福だった。

04話へ続く

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03. THE DREAM OF QUEEN Mahāmāyā

         Over two thousand and six hundred years ago, in Northern India, at the foothills of the Himalayas, there were a number of large and small kingdoms ruled by kings. One of these kingdoms belonged to the Sākyans, and its royal city was called Kapilavatthu. At that time, the king was of the Khattiya (Noble Warrior) race; his name  was Suddhodana.

King Suddhodana was married to a beautiful Koliyan princess named Mahāmāyā as his chief queen. They lived happily, and everyone in the kingdom loved them because King Suddhodana was a wise and skilful king; so was Queen Mahāmāyā, who possessed equally good moral character.

It had been quite a long time since they were married, but they had not been favoured any children, especially a son who was expected to succeed to the throne. There was a custom of the Sākyans to celebrate an annual festival called Uttarāsāḷhanakkhatta, which fell in the month of Āsāḷha, for seven days. Queen Mahāmāyā also took part in the festival, which was distinguished by beautification with flowers, perfumes, ornaments and by total abstinence from liquor. On the seventh day of the festival, on the full-moon day of Āsāḷha, Queen Mahāmāyā woke up early, took a perfumed bath and made a most generous donation. She then took eight precepts from her teacher and spent the entire day by observing the precepts. At that full-moon night, she had a dream. In her dreams, she felt that four deva kings lifted and carried her along on a royal couch to Manosilātala, near the Anotatta Lake in the Himalayas. There, she was placed under the shade of a sāla tree.

Then, the wives of the four deva kings approached and bathed her in the lake; they dressed her in celestial raiment, anointed her with perfumes and adorned her with celestial flowers. They let her sleep in a golden mansion inside a silver mountain not far from the lake. In her dream, she saw a white elephant holding a white lotus flower in his gleaming trunk. The elephant appeared and walked around her clockwise three times, and entered into her womb from the right side. Finally, the elephant disappeared, and she woke up.

Early in the morning, she told the king about her dream. Not knowing how to interpret it, the king summoned some wise men (brahmins) and asked them the meaning. The wise men replied: “Great king, be not anxious! The queen has now conceived a baby boy. If he renounces the household life as ascetic, he will surely become an Omniscient Buddha.” Both the king and the queen were very happy upon hearing this news

To be continued

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アシン・クサラダンマ長老

1966年11月21日、インドネシア中部のジャワ州テマングン生まれ。中国系インドネシア人。テマングンは近くに3000メートル級の山々が聳え、山々に囲まれた小さな町。世界遺産のボロブドゥール寺院やディエン高原など観光地にも2,3時間で行ける比較的涼しい土地という。インドネシア・バンドゥンのパラヤンガン大学経済学部(経営学専攻)卒業後、首都ジャカルタのプラセトエイヤ・モレヤ経済ビジネス・スクールで財政学を修め、修士号を取得して卒業後、2年弱、民間企業勤務。1998年インドネシア・テーラワーダ(上座)仏教サンガで沙弥出家し、見習い僧に。

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ヴィパッサナー修習(観察冥想)実践、仏教の教理を学び、先輩僧指導の下、2000年までジャワ島、スマトラ島で布教に従事。同年11月、ミャンマーに渡り、チャンミ・イェッタ森林冥想センターで修行し、2001年、導師チャンミ・サヤドーのもとで比丘出家。同年、ミャンマー・ヤンゴンの国際仏教大学(ITBMU)入学、2004年首席(金メダル授与)卒業。同年以降2006年まで、バンディターラーマ冥想センター(ヤンゴン)、バンディターラーマ森林冥想センター(バゴー)でヴィパッサナー冥想修行。

奥田 昭則

1949年徳島県生まれ。日本テーラワーダ仏教協会会員。東京大学仏文科卒。毎日新聞記者として奈良、広島、神戸の各支局、大阪本社の社会部、学芸部、神戸支局編集委員などを経て大阪本社編集局編集委員。1982年の1年間米国の地方紙で研修遊学。2017年ミャンマーに渡り、比丘出家。

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著書にヴァイオリニスト五嶋みどり、五嶋龍の母の半生を描いた「母と神童」、単一生協では日本最大のコープこうべ創立80周年にともなう流通と協同の理念を追った「コープこうべ『再生21』と流通戦争」、新聞連載をもとにした梅原猛、今出川行雲、梅原賢一郎の各氏との共著 「横川の光 比叡山物語」。2021年、逝去。
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